死刑選択基準に関するQ&A

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 詳細は、拙著『死刑選択基準の研究』及びその他の当方の研究業績をご覧ください。

 

 

【昭和58年の永山事件第一次上告審判決はどのように判示したのですか?】

「……原判決は、犯行の結果の重大性、遺族らの被害感情の深刻さ、社会的影響の大きさ、被告人の第一審公判における行動の異常さ等の不利な情状を総合考慮すれば、第一審判決の量刑は首肯できないではないとしながらも、死刑制度の運用を慎重に行うべきことを説いて、『ある被告事件につき死刑を選択する場合があるとすれば、その事件については如何なる裁判所がその衝にあつても死刑を選択したであろう程度の情状がある場合に限定せらるべきものと考える。立法論として、死刑の宣告には裁判官全員一致の意見によるべきものとすべき意見があるけれども、その精神は現行法の運用にあたつても考慮に価するものと考えるのである。』との見解を判示し、これを基礎として、前記の情状に被告人にとつて有利な情状を併せて考慮すると、被告人に対し死刑を維持することは酷に過ぎるとして第一審判決を破棄したうえ、被告人を無期懲役に処した。

……死刑はいわゆる残虐な刑罰にあたるものではなく、死刑を定めた刑法の規定が憲法に違反しないことは当裁判所大法廷の判例……とするところであるが、死刑が人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり、誠にやむをえない場合における窮極の刑罰であることにかんがみると、その適用が慎重に行われなければならないことは原判決の判示するとおりである。そして、裁判所が死刑を選択できる場合として原判決が判示した前記見解の趣旨は、死刑を選択するにつきほとんど異論の余地がない程度に極めて情状が悪い場合をいうものとして理解することができないものではない。結局、死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。」

*「原判決」とは、被告人を無期懲役に処した第一次控訴審判決を指しています。

 

 

【殺された被害者が1名の場合、死刑にならないって本当ですか?】

 そうではありません。

 どのような場合に死刑になるかについての基準を述べた昭和58年の永山事件第一次上告審判決以降、殺された被害者が1名の事案で死刑判決が最高裁判所で確定した事件は、20件を超えています。この数は同時期に最高裁判所において死刑判決が確定した事件の約1割にあたります。

 殺された被害者が1名であっても、身代金目的の場合、保険金目的の場合、殺人等の前科がある場合、共犯事件において主犯格である場合、殺害の計画性が高い場合、性被害を伴っている場合などには、死刑判決が下されやすい傾向があります。

 

 

【被告人に矯正可能性があれば死刑にならないって本当ですか?】

 そんなことはほぼありません。

 死刑か無期懲役かを判断する際に重視されるのは犯罪の重大性です。犯行当時少年か否かに関わらず、被告人の矯正可能性や反省の程度はほとんど考慮されていないのが実情です。

 注意すべきは犯罪の重大性から死刑が回避される際に裁判所が被告人の矯正可能性に言及することが多いということです。また、報道機関も、矯正可能性が重視されたかのように報道することが残念ながら多いようです。しかし、ほとんどの場合には判決文をよく読むと、犯罪の重大性が死刑に相当するほどではないと裁判所が判断していることが読みとれます。

 犯罪の重大性の判断の決め手の1つは殺害の計画性です。殺害の計画性があったのかどうか、あったとしてどの程度だったのかを裁判所は非常に重視しています。

 

 

【犯行当時18歳や19歳の少年だと死刑にならないって本当ですか?】

 そうではありません。

 どのような場合に死刑になるかについての基準を述べた昭和58年の永山事件第一次上告審判決は、4人を殺害した犯行当時19歳の被告人に対するもので、平成2年に最高裁判所で死刑判決が確定しました。その後も、4つの事件で犯行当時18歳・19歳であった被告人6名に対する死刑判決が確定しました。

 これらの事件を含めて、最高裁判所において犯行当時少年であった被告人に対する死刑判決が確定した事件は、第二次世界大戦終戦後、平成28年6月末までに33件あります(但し、戦後すぐの旧刑事訴訟法又は旧少年法適用事件を含んでいます)。また、このほかに、下級審(地方裁判所、高等裁判所)で確定した事件が8件あります。

 

 

【犯行当時少年の被告人に対する死刑選択基準はどのように変化してきましたか?】

(1)第一期(第二次世界大戦後、昭和30年代半ばまで)

 犯罪大量発生・凶悪事犯多発の時期でした。

 殺害の計画性などがない又は低い事案にも死刑が選択されていました。

 健全育成(少年法1条)の理念があまり意識されていなかったためであろうと思われます。

(2)第二期(昭和30年代半ばから昭和40年代まで)

 少年による殺人は依然多発していました。

 しかし、殺害の計画性が周到である(「大人顔負け」の)事案に限定して死刑が選択されるようになりました。

(3)第三期(昭和50年代から、永山事件第一次上告審判決をはさんで、今日まで)

 凶悪事犯が大幅に減少した時期です。

 身代金目的で計画的なもの・被殺者数が極端に多いものに限定して死刑が選択されるようになりました。

(4)まとめ

 裁判所は年齢や反省などではなく行為や結果などの犯罪それ自体に関わる側面を最も重視してきました。

 その際に殺害の計画性を要求する傾向が強まってきました。

 精神的に未熟であることをもって直ちに死刑が回避されてきたわけではないことに注意が必要です。

 

 

【光市事件第一次上告審判決が異例の判決というのは本当ですか?】

 その通りです。

 刑事訴訟法411条は量刑が甚だしく不当である場合で「破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき」に限って最高裁判所による破棄を認めているにすぎないため、量刑を理由に破棄されるのは珍しいと言えます。単に「正義に反する」場合ではなく「著しく正義に反する」場合に限定されているのは、地方裁判所や高等裁判所とは異なり最高裁判所では書面審理が中心で被告人が召喚されないのが通例であるため、最高裁判所が地方裁判所や高等裁判所の判断を尊重することが望ましいからだと説明されています。

 しかし、それだけであれば光市事件最高裁判所判決は異例の判決とまでは言えないでしょう。異例とされるのは次のような事情があるからです。

 最高裁判所が判断の基礎とした事実認定によれば光市事件は殺害された被害者数が2名であり性的被害が随伴したものの殺害の計画性がない事件でした。どのような場合に死刑になるかについての基準を述べた昭和58年の永山事件第一次上告審判決が示した基準とその後の裁判所の判断からは、殺害の計画性がないことが重視され無期懲役とされる事件だったと言えます。

しかし、最高裁判所は第1審の無期懲役の判決を支持した高等裁判所の判決を破棄差戻としました。

 最高裁判所が従来の基準を変更するためには、裁判所法10条3号に基づき定員15名の大法廷で審理しなければなりません。しかし、最高裁判所は大法廷で審理することなく定員5名の小法廷で審理し判決を下しました。

 最高裁判所において、大法廷に回付し審理することは大変な手間だと言われています。しかし、死刑が相当であると最高裁判所が考えるのであれば、大法廷に回付し新たな死刑選択基準をしっかりと示すべきだったと考えられます。

 さらに次のような事情もあります。

 最高裁判所が重要であると考える刑事判例は最高裁判所刑事判例集(刑集)に掲載されます。これまで死刑が問題となって破棄差戻とされた事件は全て刑集に掲載されています。しかし、光市事件判決は刑集に掲載されていません。他の死刑事件と同様に裁判所の内部資料である最高裁判所裁判集刑事(裁判集刑)に掲載されているにすぎません。最高裁判所刑事判例集に掲載するか否かは、最高裁判所が判断します。この判例集に掲載された判例は、意義が大きいものと研究者にも実務家にも理解されるのが通例です。言ってみれば、トップニュースとして扱われるということです。しかし、光市事件判決は、そのような扱いがされませんでした。

 このことから、最高裁判所は光市事件を重要な先例として扱いたくないのではないかと思われます。他の破棄差戻の事件とは異なり、なぜ光市事件だけが例外的な扱いを受けるのかその理由は判決文などからは明らかではありません。

 

 

【無期懲役になっても20年経てば仮釈放されるというのは本当ですか?】

 そのような運用はされていません。

 確かに、刑法28条は「改悛の状」があり服役後10年経過すれば仮釈放を行うことができると定めています。そして、実際に服役後10数年で仮釈放される者が散見できた時期もあります。

 しかし、仮釈放までの期間は長期化しています。犯行当時少年か否かに関わらず、少なくとも服役後30年程度経過しなければ仮釈放は許されなくなりました。また無期懲役の受刑者のうち仮釈放が許される者の割合も極端に低下しています。中には犯行当時少年で60年以上服役している受刑者もいます。

 しかも、死刑事件に匹敵するほど悪質な事件については、平成10年に最高検察庁が「マル特無期事件」に指定することで原則として仮釈放を認めないよう努力する方針を示しました。

 このように、日本の無期懲役は終身刑に近づきつつあると言えます。無期懲役の「事実上の終身刑化」と呼ばれる状態が生じています。

 

 

【反省したふりをすれば仮釈放されるのではないですか?】

 刑法28条は仮釈放の条件として「改悛の状」があることを求めています。「情」とは異なり、「状」は客観的な状況を示すものとされます。そのため、悔悟の情、更生意欲、再犯のおそれがないことなどのほか、社会感情の是認が必要とされています。また、そもそも悔悟の情、更生意欲、再犯のおそれがないことは人格や行状だけでなく、服役前の生活、家族関係などを総合的に調査して判断されます。従って、反省だけで「改悛の状」が認められるわけではありません。

 特に無期懲役の受刑者の場合、罪責が重大である上、長期の服役で身元引受人がいないことも多く、仮釈放はなかなか認められません。日本の無期懲役は、事実上、終身刑になりつつあります。

 

 

【死刑に反対だからこんなページを作っているのですか?】

 そうではありません。

 死刑の存廃は非常に難しい問題です。理論的には誤判の問題もあり、死刑廃止論が優れているように思われます。

 しかし、量刑の選択肢をできる限り確保すべきことや、犯罪の重大性に相応する刑罰を科すべきことを考えると、私は死刑廃止に抵抗感があり、死刑存置はやむを得ないと考えています。

 このページを作った理由は、正しい知識に基づいて議論するべきだと考えるからです。残念なことに、少なからぬ報道機関や報道機関に登場する専門家の一部は明らかに不正確な情報を発信し続けています。インターネットにおいても、その傾向が見受けられます。

 このような状況において、少しでもわかりやすく法制度や現在の運用を伝えることが研究者の責務であると考えこのページを作りました。