「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」の遵守必要性

 いじめ防止対策推進法は、重大事態への対処と当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資することを調査の目的とするのみであって(同法28条1項)、重大事態の調査手続については、規定していません。

 また、同法は、施行規則や施行令を定めておらず、これらに依ることはできません。

 調査手続について定めているのは、文部科学大臣が策定した「いじめの防止等のための基本的な方針」(同法11条)及び文部科学省が策定した「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」のみとなっています。

 国の「いじめ防止基本方針」第2 4 (1)第1段落は、重大事態の調査に当たって、「いじめの防止等のための基本的な方針」及び「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」に従って対応することを求めています。
 このことは、「『いじめの防止等のための基本的な方針』の改定及び『いじめの重大事態の調査に関するガイドライン』の策定について(通知)(平成29年3月16日付け28文科初第1648号文部科学省初等中等教育局長、生涯学習政策局長、高等教育局長通知)」において、「地方公共団体,学校の設置者及び学校におかれましても,……重大事態ガイドラインに沿った重大事態への対処等,必要な措置を講じるよう,速やかに取組を進めていただくことが必要です」と明確に求められています。

 最判令2年7月6日裁判所ウェブサイト登載は、姫路市立中学校の柔道部の顧問である教諭が、部員間のいじめにより生徒が負傷した際、他の教諭らに対し、同生徒の受診に際して医師に自招事故によるものであるとの事実と異なる受傷経緯を説明するよう指示した上、自らも当該医師に連絡して虚偽の説明をしたこと等を理由とする停職6月の懲戒処分の適法性を判断するに当たって、以下のように判示しました。

いじめを受けている生徒の心配や不安,苦痛を取り除くことを最優先として適切かつ迅速に対処するとともに,問題の解決に向けて学校全体で組織的に対応することを求めるいじめ防止対策推進法や兵庫県いじめ防止基本方針等に反する重大な非違行為であるといわざるを得ない。……
被上告人による本件非違行為1は,いじめの事実を認識した公立学校の教職員の対応として,法令等に明らかに反する上,その職の信用を著しく失墜させるものというべきであるから,厳しい非難は免れない。

 このように、最高裁は、非違行為の悪質性の判断に当たって、いじめ防止対策推進法だけでなく、「兵庫県いじめ防止基本方針」等の違反を問題としており、それらの裁判規範性を明確に認めた点で意義が大きいと考えられます。

 ここで、兵庫県いじめ防止基本方針「等」に含まれるものは何でしょうか。

 まず、同基本方針と同じく地方いじめ防止基本方針(法12条)であり、最高裁が同基本方針とともに内容を紹介している「姫路市いじめ防止基本方針」が含まれることに争いはないでしょう。

 次に、最高裁判決が触れていないものの、第一審及び控訴審が「兵庫県いじめ防止基本方針」及び「姫路市いじめ防止基本方針」とともに列挙している「A中学校いじめ防止基本方針」もこれに含まれると考えるべきです。

 確かに、「A中学校いじめ防止基本方針」は、学校いじめ防止基本方針(法13条)であり、上記の地方いじめ防止基本方針とは異なります。

 しかし、いずれの基本方針も、法を根拠に策定されたものです。

 また、地方いじめ防止基本方針の策定が努力義務にすぎないものあるのに対し、学校いじめ防止基本方針の策定は法的義務であることから、地方いじめ防止基本方針である「姫路市いじめ防止基本方針」が「等」に含まれるのであれば、学校いじめ防止基本方針である「A中学校いじめ防止基本方針」も「等」に含まれると考えるのが自然でしょう。

 この事件では、明示的な違反がなかったため、最高裁判決において挙げられていないものの、いじめ防止対策推進法を根拠に策定されたという点で地方いじめ防止基本方針及び学校いじめ防止基本方針と共通する「いじめの防止等のための基本的な方針」(法11条)にも裁判規範性が認められると考えます。

 そうだとすると、「いじめの防止等のための基本的な方針」第2 4 (1)第1段落が重大事態の調査に当たって、同基本方針及び「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」に従って対応することを求めており、当該規定に裁判規範性が認められることから、同基本方針及び同ガイドラインの遵守は、事実上だけでなく、法的にも求められることとなります。

 このように考えれば、同ガイドラインにもまた、裁判規範性が認められることになります。

 このように、従来、裁判規範性が認められるかやや不透明であった、「いじめの防止等のための基本的な方針」、地方いじめ防止基本方針、学校いじめ防止基本方針及び「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」に裁判規範性を認めたと理解される点で、本件最高裁判決は意義が大きいと言えます。

 「いじめの防止等のための基本的な方針」や「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」が定める調査手続が遵守されなかった場合、十全な調査がなされないことから、調査結果の調査(再調査)(法29条2項、30条2項、30条の2、31条2項、32条2項、5項)の対象となりうると考えるべきです(「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」第10参照)。

 山口県の宇部市立中学校において発生したいじめの重大事態のように、学校の設置者も、第三者委員会も、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」の存在を知らなかったために、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」が定める手続に沿わずに調査を実施し、再調査に至った例があります。

 また、第三者委員会が「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」の定める手続に沿わずに調査に着手しようとしたため、被害児童生徒の保護者から「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」の存在を指摘されてその遵守を求められたにもかかわらず、第三者委員会がこれを拒否した例があります。

 いずれも、調査手続の根幹に関わる、あってはならない深刻な事態であり、決して許されません。

 「いじめの防止等のための基本的な方針」や「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」は、これまでの調査において問題となった事例を踏まえ、対応の問題点を抽出し 、被害児童生徒等のみならず、加害児童生徒及びその保護者をはじめとする当該いじめ事案の関係者全ての利益を不当に害しないように策定されたものです。

 いじめ防止対策推進法28条1項柱書が定めるように、重大事態への対処と、当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資するためにも、学校及び学校の設置者は、調査における最低基準として「いじめの防止等のための基本的な方針」及び「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」を遵守しなければなりません。